2007年9月27日

男たちへ(塩野七生)

[読書] 男たちへ(塩野七生)

私が古本屋で集めている本に「ローマ人の物語」があります。
その15巻にも及ぶ大作は、しかし、私の本棚には2冊しかない。
そのうちに、おいおいと増えていくことでしょう。

さて、その大作を走り読む内に、私の塩野七生は「ななお」となって行きました。
ローマの勇者達の物語のなかで、作者の塩野氏も何時しか男となったようです。
しかし、この「男たちへ」を手にと取り、恥ずかしくも「七生」は「ななみ」であり女性であった事に気づくのです。

「フツウの男をフツウでない男にするための54章」と副題のついた本は、フツウの男にとっては手厳しい。
とてもではないがフツウでない男にはなれそうもありません。
それは良き時代の優雅さと知性を持ち合わせたジェントルマンを課す言葉が並びます。
しかし、そういう世界も憧れます。
決してたどり着く事のできない世界への憧れです。

<日本では、教育はあっても教養のない男(これは女でも同じだが)は、まってくはいて捨てるほどおおい。つまり、ここで言いたい「頭の良い男」とは、なにごとも自らの頭で考え、それにもとづいて判断をくだし、ために偏見にとらわれず、なにかの主義主張にこり固まった人々に比べ柔軟性に富み、それでいて鋭く深い洞察力を持つ男、ということになる。>

まったくフツウでない男は難しそう。
曰く自分の哲学・スタイルをもっている男だそうな。
単なる癖だったり意固地な部分は多分にあるのですが、哲学・スタイルとはちょっと違いそう。
せめてちょくちょくとこの本を紐解いて、フツウでない男の世界を垣間見ることにいたしましょう。
憧れることも言わばちょっとした位置エネルギー。

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