にしき江 5月号に掲載
にしき江 4月号に掲載
にしき江 3月号に掲載
にしき江 2月号に掲載
にしき江 1月号に掲載
南日歌壇 12月掲載
にしき江 12月号掲載
にしき江 11月号掲載
にしき江 10月号掲載
「にしき江」9月号掲載
にしき江 8月号掲載
春はあけぼの
中原中也 生誕100年

2008年6月30日

にしき江 5月号に掲載

短歌雑誌「にしき江」の5月号に掲載された短歌です。

【優しき色】

一日が過ぎてゆくなり夕やけの終わりしあとの僅かなる赤

鹿のほか歩くは吾ら五人なり大地と空に挟まれたる具

足し木する君の向かひに座りをり優しき色が君の面に

五合目に誰か作りし雪達磨まぶしさうなる両目みひらく

まざりなく直ぐに延びたる氷柱あり熊襲の剣を山は鍛えし


色にまつわる歌・・・といっても1首目の「僅かなる赤」と3首目の「優しき色」だけですね。 もう少し「色」でまとめても良かったですね。 自分では3首目の歌が好きです。 キャンプの焚き火の風景ですが、ちょっと言葉足らずです。

2008年4月28日

にしき江 4月号に掲載

短歌雑誌「にしき江」の4月号に掲載された短歌です。

【ゆっくりと】

ゆっくりと時計の針が登りつめ吐息をついて降り始める

塩辛の小鉢にさし置く割箸は雪降る山の杉の香をもつ

雨だれは大地に着きて砕けをり穿たむ岩など目指しもせずに

ビジネスの本に挟まれた「桃太郎」書架より幼き声をあげゐる

鬼の居ぬあいだに豆は無くなりて役者のゐない面のみ残る


この5首は特選に選ばれました。
久々の特選ですねぇ。
嬉しいです。

私は、2種目の塩辛の歌が好きです。
雪の杉林を歩いていると隔絶された音のない世界に迷い込んだような錯覚を覚えます。
そんな風景を割箸に託しました。

2008年4月 2日

にしき江 3月号に掲載

短歌雑誌「にしき江」の3月号に掲載された短歌です。

【ルートファウンディング】

風吹けば凧をあげたき空となる少年の日の夢を甦して

新しくめくる暦よ如月にもっと働けといふ日のありぬ

地図になき道を探して歩くとき君の踏みあと道となりゆく

道なくばルートファウンディングするといふ君の後ろに吾は貼りつく

石蕗の花の数ふる陽だまりにリュックをおろしやはら陽をうく


山に行った時の歌です。
地図にも載っていないルートを進むのは大変ですよね。
そんな時、わたしは後ろから大人しく着いていくことにしています。

2008年3月16日

にしき江 2月号に掲載

短歌雑誌「にしき江」の2月号に掲載された短歌です。

【一本のタクト】
数多なる鼓動を止める一本のタクトを彼は静かにあぐる

コトラバス、トランペットにトロンボーンさぁ今タクトが動き始める

秋晴れの青ひと色の味気なき息吹きかけて窓を曇らす

粛々と二列にならびて行儀よく時の雫を醸すかめ壷

神無月は貧乏神も死神も出雲に行きて留守であらうか

演奏会に行ったときの歌を頭にしました。
タクトひとつで沢山の楽器が一つになって奏でるのは素晴らしいですね。

評をいただきました。
神無月は貧乏神も死神も出雲に行きて留守であらうか

「ユニークな歌。面白い歌。思わずニヤリと笑ってしまいました。
神無月のことをよく、このような解釈で神々の不在を唱えるものですが、このように詠み上げられると一種のユーモアと世俗のあわれが表裏一体となり、何か味わい深いものになります。
貧乏神、死神など、最近ではあまり耳にしない言葉も郷愁もあり、懐かしい笑いを誘ってくれます。」

ありがとうございます。

2008年2月10日

にしき江 1月号に掲載

短歌雑誌「にしき江」の1月号に掲載された短歌です。

【秋の色】
北風に狼狽え塗りし紅葉か櫨の梢に塗り残しあり

車窓にて四角に切りとる公孫樹ゴッホの絵となりエンジンを切る

暖かき日差しの色は黄色いと言うがごとくにつわ蕗の花

柿の木に小さな夕日たわわなり空しき実りの重さ耐えつつ

ゆく秋は薄の穂より旅立ちぬ色なき季の風にふかれて

晩秋のハゼの木の鮮やかな赤が印象に残っていますね。
ハゼで無ければ手折って持ち帰るのですが、それも叶いません。
遠くから眺めるて愛でるだけです。

2008年1月 6日

南日歌壇 12月掲載

12月の南日歌壇(南日本新聞)の掲載されました。

秘蔵っこの「天使の誘惑」の封を切る不惑というは昼間の言葉

高野公彦先生の選です。
初めての投稿で選ばれて、ちょっと嬉しいです。

「天使の誘惑」は焼酎の銘柄です。
シェリー樽に長期貯蔵した焼酎で、淡い琥珀色のブランデーのような趣がある焼酎です。
まぁ、誘惑に弱いのは致し方ない。
不惑と肩肘はっているのも昼間だけ。
西の空に茜のさすころになると力も抜けて誘いのままに封をきることに。
この際、誘惑されるままに天使に弄ばれることにいたしましょう。

「天国の誘惑」と言えば、黛ジュンさんの歌の方を思い出します。
♪好きなのに、あの人はいない・・・、懐かしいですね。
そんな事を思いながら、今宵も杯を片手にのほほぉんと。

2007年12月30日

にしき江 12月号掲載

短歌雑誌「にしき江」の12月号に掲載された短歌です。

【蟻の長旅】
畳の目歩ける蟻よ長旅の君の道のり吾が三歩半

つみ雲の上にすぢ雲そそとあり秋は上からやって来るらし

これ妻のこれは娘のケータイかわれのみ鳴らず今日は一人だ

すべからくたった一つのはじめからドミノ倒しは倒れはじむる

未処理箱妻の小言に似ておりぬありて煩くなくて寂しく

私は1首目の蟻の長旅がお気に入りです。
蟻のチョコチョコと歩いているのを眺めていると面白いですね。
なんだか天上人にでもなったように・・・、時には障害物などを置いてみたりして。
蟻には迷惑なことでしょうが。

特選にはもれましたが、十首抄に選んでもらいました。

すべからくたった一つのはじめからドミノ倒しは倒れはじむる

《共感のある歌。政治の世界に次々に起こる不祥事もその通り。言い得ていて面白い。》

評もつけていただきました。
《「知的な視線で対象を切りとった作品。まさしくドミノ倒しの危うさとおかしさをとらえています。<すべからく>という古風なことばが、何か威厳をもって君臨する一首。「アホらしい、わかっているかがネ」と思いながらも改めて読んではそうなんだ・・・と感嘆させられてしまう、不思議な雰囲気がありました。》

そうですね、「アホらしい、わかっているかがネ」という感じの歌ですね。
当たり前のことに驚いてみせるのは良いかもしれませんね。
みんな、つられて驚いてしまうのかも。

2007年11月11日

にしき江 11月号掲載

短歌雑誌「にしき江」の11月号に掲載された短歌です。

【精霊会】
夏天がにはかに陰りザッと降る天上人の柄杓ひとふり

浜辺ゆく麦藁帽子の翁ありドラマのごとく足跡つづく

初艪漕ぎくるりくるりと回る船笑いて祖父の添手の太し

幾人も吾身を通る精霊会あの人この人へ一献献上

吹く風に色などあれば煩かろカーテン膨らむ晩夏の風に

11月にお盆の話題は季節外れかもしれませんね。
夏の風景と懐かしい人たちの歌です。

2007年10月10日

にしき江 10月号掲載

短歌雑誌「にしき江」の10月号に掲載された短歌です。

【山歩き】
この道を歩きに歩き山に入るこの身ひとつが吾のリソース

山深く昼餉をとれば鳥どもが頭上に集いて評定はじむ

真っ白き深き穴より吹く湯気は地の中に住む鬼の煮炊きか

その昔その身をごがし炭化木時の流れを静かに語る

高く飛ぶ鳶の一羽となりにけり大岩にのぼり周り見るとき

山の風景をまとめてみました。
吹き上がる蒸気や炭化木など霧島の山々は変化にとんでいます。

2007年9月 9日

「にしき江」9月号掲載

短歌雑誌「にしき江」の9月号に掲載された短歌です。

【イカロスの夢】
人型の雲が大空流れ行くイカロスの夢今はつひえて

馬に似た雲が大空駆けていく限りをしらぬペガサスの雲

大風の過ぎて雨戸を開け放つひと風吹くは昨夜の殿(しんがり)

台風一過杉葉の絨毯敷きつめて何事もなしと山は言ひをり

ポラリスは動かぬことを旨とするちょっと退屈北の夜空は

「にしき江」は基本的には投稿すれば掲載されますが、この5首は特選に選ばれました。
嬉しいですねぇ。

1首目には次のような評がつきました。
「発想が大きく自由なところが魅力です。イカロスは、神話上の話で、父が発明した翼で空中を飛んだが、太陽の熱で蝋の翼がとけて海に沈んでしまったと言う話。一首を通してのつながりは良くありませんが、感覚的に面白く、その大きさが今後に期待をもたせてくれます。」

ありがとうございます。
かなりモチベーションのあがるお言葉です。

2007年8月21日

にしき江 8月号掲載

8月の短歌雑誌「にしき江」に掲載された短歌です。

紫陽花に蝶がとまりて一片の花となり行く梅雨の晴れ間を

父の日に遠き娘の声とどく話の継穂さがす夕暮れ

オリオンを殺したサソリ座輝けり夏の夜空はちょっと物騒

ふわふわのピンクのショール身につけて合歓の木ちょっとすまして風受く

はるかなる水平線を見つむれば海賊船の来るような気配

1首目の紫陽花の歌は、地元コミュニティ誌にも掲載されました。
自分の短歌が活字になると嬉しいです。

2007年7月25日

春はあけぼの

<清少納言は「春はあけぼの」と『枕草子』の最初の一行をかきました。もちろん、これだけが理由ではありませんが、彼女のエッセイが多くの人の心をとらえたのは、「そうだ、春といったら、あけぼのだよな」と共感を呼んだからです。>
伝説の社員になれから

これは<「未来の芽」がみえると大ブームが起こる>という章の一節です。
未来の芽はもうすでに自分の中にあるという話です。

<誰もが思っていることを、どうわかりやすく表現するか。今までにあったものを、現代的なものにどう結びつけるか。これが未来をつくるポイントです。>

さて、この「未来」という言葉を短歌に置き換えると如何でしょう。
そのまま作歌の手ほどきになりませんか。
さしずめ「短歌の芽」がみえるというところでしょうか。

短歌を詠むことは楽しいことではありますが、反面、生み出す苦しみもともないます。
でも、短歌の芽は普段の生活の身近なところにあるように思います。
そういった、ちょっとした風景を写真のようにきりとって31文字にまとめることが出来ると良いとおもうのです。

でも、日常の風景は見過ごしがちです。
「春はあけぼの」と清少納言が書き出す前に、幾人の人が「春のあけぼの」を眺めたことでしょう。
そんな、わたしの「春はあけぼの」を探して見たいですね。
きっと、もう、私のなかにあるのでしょう。

2007年5月12日

中原中也 生誕100年

今年は中原中也の生誕100年だそうです。
1907年4月29日生(明治40年)、1937年10月22日没(昭和12年)。
彼の詩は好きで、詩集は学生のころから今まで一緒に引っ越しています。
彼の代表作は「汚れつちまつた悲しみに」にでしょうか。
ドラマにもなりましたね。

「汚れつちまつた悲しみに」は勿論ですが他にも好きな詩が。

「幾時代かがありまして、茶色い戦争ありました。」で始まる「サーカス」
「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」というブランコのゆれるオノマトペが印象的な詩です。

「なにゆゑに こゝろかく羞ぢらう」と始まる「含羞」
子供を失った悲しさが、ぐっと襲いかかってくる詩です。

「ホラホラ、これが僕の骨だ」と陽気に始まる「骨」
でもやっぱり寂しくなる詩。

こやって書いていると何時までも詩集を読んでいそうです。
最近、詩集などあまり読まなくなりました。
こういう時しか紐とかない詩集ですが、時には良いですね。

紹介した詩はネットの無料図書館「青空文庫」に収録されています。

【中原中也】

詩集・山羊の歌
 「汚れつちまつた悲しみに」
 「サーカス」

詩集・在りし日の歌
 「含羞」
 「骨」