2009年5月10日
春はあけぼの
<清少納言は「春はあけぼの」と『枕草子』の最初の一行をかきました。もちろん、これだけが理由ではありませんが、彼女のエッセイが多くの人の心をとらえたのは、「そうだ、春といったら、あけぼのだよな」と共感を呼んだからです。>
伝説の社員になれから
これは<「未来の芽」がみえると大ブームが起こる>という章の一節です。
未来の芽はもうすでに自分の中にあるという話です。
<誰もが思っていることを、どうわかりやすく表現するか。今までにあったものを、現代的なものにどう結びつけるか。これが未来をつくるポイントです。>
さて、この「未来」という言葉を短歌に置き換えると如何でしょう。
そのまま作歌の手ほどきになりませんか。
さしずめ「短歌の芽」がみえるというところでしょうか。
短歌を詠むことは楽しいことではありますが、反面、生み出す苦しみもともないます。
でも、短歌の芽は普段の生活の身近なところにあるように思います。
そういった、ちょっとした風景を写真のようにきりとって31文字にまとめることが出来ると良いとおもうのです。
でも、日常の風景は見過ごしがちです。
「春はあけぼの」と清少納言が書き出す前に、幾人の人が「春のあけぼの」を眺めたことでしょう。
そんな、わたしの「春はあけぼの」を探して見たいですね。
きっと、もう、私のなかにあるのでしょう。
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- at 16:55
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