霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

*

山ヶ野ウォーキング大会は金鉱石が貰える

      2015/05/31

山ヶ野ウォーキング大会金山の跡を歩く山ヶ野ウォーキング大会です。
この山ヶ野ウォーキング大会は、とにかく地域の方々のもてなしが素晴らしいのです。
ぜんざいやお茶、お菓子などふるまってくださいます。
歩いて脂肪を燃やそうと思っても、歩き終わる頃にはお腹いっぱいになるウォーキング大会です。

黄金の郷とあるとおり山ヶ野は金山がありました。
ここは、江戸終期から明治にかけて随分と金が取れたところだそうです。
あまり掘らなくても地表に見えていたというのですから凄いです。
その当時、佐渡の金山が83トンに継ぐ80トンの産金量で随分と賑わっていたそうですその金山の跡を訪ねて15Kmくらいを歩くウォーキング大会です。

その山ヶ野ウォーキング大会の募集内容です。

■日時
3月1日(日) 午前8時30分から
受け付けは8時10分から
横川丸岡公園集合

■参加申し込み
電話で事務局へ
申し込み期間、1月14日から1月30日まで
定員300人、定員になり次第締め切り

■参加料
一般 2,500円
高校生以下 1,000円

■申込・問い合わせ先
実行委員会事務局
0995-64-6833

大変、人気の山ヶ野ウォーキング大会で直ぐに定員がうまります。
以前はよく参加していました。

ところで、この山ヶ野ウォーキング大会では、金鉱石の欠片を頂きます。
もう、家族分あわせると10個くらいたまりました。
そういえば、ルーペで見て「金が入っている」と喜んでいる人もいましたね~。
わたしの貰った鉱石には金が入っているのでしょうか・・・。

 - 見所散策

adsense

adsense

最近のコメント

このブログでは記事ごとのコメントは設けておりません。
ご意見、ご感想などは、ゲストブックに書き込んでくださると有り難いです。


  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

  •   関連記事