霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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京丈山(熊本)にカタクリを愛でに(H20.4)

      2015/01/10

ヒトリシズカ五家荘は遠い。
鹿児島からだと3時間もかかります。
でも、その分、素晴らしい自然、素晴らしい山が待っています。
今日は中央山地、五家荘から京丈山を目指します。
カタクリの花を愛でに。

カタクリ、可憐な花ですね。
うつむき加減に咲く大輪の花は控えめで厳かな感じです。
花言葉は「初恋」。
この中央山地では京丈山、雁俣山などに見受けられるとか。
カタクリは九州では珍しく希少植物として保護されていますので踏まないように気をつけましょうね。

9時にハチケン谷から登りはじめました。
最初は林道です。
沢沿いに結構長く歩きます。
新緑と沢の清らかな流れは眠たがる脳細胞に活力を流し込んでくれます。
山頂近くなるとカタクリの葉はありますが花は見当たりません。
わりと順調にすすんで山頂には11時半につきました。
そして、一輪だけ山頂にカタクリの花が咲いていました。
山頂に一輪って感動的なシュチエーションですね。
あと1週間後くらいが見ごろでしょうか。
雁俣山の方がちょうど見ごろとか。

苦労したのは下りです。
ワナバ谷の方に降りたのですが、これが崩落が激しくてあちらこちらを沢にくだって巻いたりしながら降りることとなりました。
順調に行けば5時間ほどの予定が7時間ほど掛かりました。
これからはワナバ谷の方は止めたほうが良いかもしれません。

初めての五家荘の山々は自然に溢れ、花が沢山の山でした。
初夏、そして秋と季節の折々に楽しめることでしょう。
カタクリの花は少しでしたが、色々な花を愛でることが出来て楽しい一日でした。

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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