霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

*

サイトマップを作りました (PS Auto Sitemapを使う)

      2015/03/22

キーボード
このブログも記事数が100に届こうとしています。そこで、サイトマップを作りました。サイトマップはブログの目次のようなもので、カテゴリーごとに記事タイトルの一覧を表示します。

記事が多くなると過去の記事はページ送りされトップページから消えてしまいます。このブログでは1ページに10記事の表示なので、10ページをページ送りしないと過去の全ての記事が確認できないというわけです。

そうなると管理者の方でも過去の記事を探すのに苦労します。読者も記事を探すのに苦労することになります。

また、サイトマップはアクセスアップという点からも回遊性を増す効果があります。つまり、一度訪れて頂いた読者に色々な記事を見て頂こうという仕組みです

記事を書くごとにサイトマップに行を追加して行っても良いのですが、WordpressにはPS Auto Sitemapというプラグインがあります。このプラグインは自動でサイトマップを作ってくれる優れものです。更新も記事をアップするごとに自動で行ってくれます。

プラグインPS Auto Sitemapを追加し有効化する

まず、PS Auto SitemapをWordpressに新規追加します。
PS Auto SitemapはWordpressのプラグインの新規追加で検索すると出てきますので、そのままインストールできます。
インストールしたら有効にします。

固定ページを作成しIDを確認する

サイトマップを表示するページを固定ページで作成します。
内容は空白でかまいません。
次にページIDを確認します。ページIDは先ほど作った固定ページの編集をすると、URLに[/post.php?post=123&action=edit]というような表示があります。そのpost=○○○の部分です。この例の場合は123ですね。

PS Auto Sitemapを設定する

プラグインPS Auto Sitemapが正常に追加されると、設定の処に[PS Auto Sitemap]と表示されているはずです。
そこをクリックするとPS Auto Sitemapの設定画面になります。

PS Auto Sitemap

まず、サイトマップに出力するページを指定します。
上記画像の場合はホームページ、投稿、固定ページが出力対象です。

「サイトマップを表示する記事」のところで、先ほど調べたページIDを入力します。

「カテゴリーと投稿の表示」を「同一マップ内」にすると投稿ページが一覧で表示されます。分割にするとカテゴリーリストが表示され、カテゴリーをクリックするとそのカテゴリー内の記事が別ウィンドーで開きます。

除外カテゴリー、除外記事はリストに乗せたくないカテゴリー、記事を指定します。
上記画像の場合は自分自身、つまりサイトマップの固定ページを表示しないように指定しています。

「スタイルの変更」で表示スタイルの指定ができます。

キャッシュを「使用する」にすると、アクセスのあるたびにサイトマップを作らないので表示が早くなります。

固定ページにコードを入力する

まだ、最初に作ったサイトマップを表示させるために固定ページは空白のままです。
最後に、ここにサイトマップを表示させるためのコードを書き込みます。

以上でサイトマップの作成は完了です。あとはプラグインが自動でサイトマップを作ってくれます。

PS Auto Sitemapは表示形式が豊富に用意されているのも魅力です。ちなみにこのブログで使っているスタイルはビジネスです。色々と試してみて合ったものを探してみると良いと思います。

 - サイト作り ,

adsense

adsense

最近のコメント

このブログでは記事ごとのコメントは設けておりません。
ご意見、ご感想などは、ゲストブックに書き込んでくださると有り難いです。


  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

  •   関連記事