霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

*

関連記事の表示 Yet Another Related Posts Plugin(YARPP)を使う

      2015/03/09

コンピュータ

関連記事を表示するプラグインを紹介したいと思います。Yet Another Related Posts Plugin(YARPP)です。手軽に関連記事の表示ができて、サイトの回遊性をアップすることができます。

Wordpressはプラグインを作って機能拡張できるのが特徴です。沢山の人がつかっているCMSなので、「こんなことがしたい」と思ったことは、大概、プラグインを誰かが作ってくれています。ありがたいことです。

このサイトはSTINGER5というテンプレートを使っています。STINGER5は関連記事を表示する機能が最初からあります。しかし、その機能は同じカテゴリーの記事をランダムに表示しています。なので、カテゴリーを超えて関連のある記事を紹介できないのです。このサイトでいうと「高嶺の花」カテゴリーの花の記事と、その花を見に行った「登山日誌」カテゴリーの記事を関連付けできないのです。

そこで関連記事の部分を関連記事プラグインで置き換えることにしました。

Similar Postsを試してみる

最初にSimilar Postsを試してみました。このプラグインは色々と細かく設定ができて、表示の自由度も高くて良さそうでした。
しかし、どうもうまく表示できません。色々と設定を変えてみたりしたのですが関連記事が出てきません。どこもエラーが出ていないのに表示されないのです。

このプラグインにはPost-Plugin Libraryというプラグインが必要になります。このプラグインはアクセス数を管理するライブラリーで、Similar Postsがそのデータを受け取って表示しているようです。どうも、このプラグインが正常に動作していないようです。

wordpressではwordpressとプラグインのバージョンの整合や、サーバーのデーターべスとの整合など環境によって動作しないプラグインがあったりします。wordpressをバージョンアップしたらエラーだらけという場面もありました。怖いですねぇ。バックアップは忘れずに。

YARPPを使う

以上のような経緯で、YARPPを使ってみることにしました。結果としては正常に動作して関連記事を表示することができました。
YARPPは前出のSimilarよりも少ない設定で手軽に関連記事が表示できます。表示形式もリスト、サムネイルと用意されており形式を選択するだけで記事の下に表示されます。
このサイトの場合はテンプレートの表示を壊したくなかったので、自動表示ではなくSTINGER5の関連記事を入れ替える形で設定しました。

YARPPはSimilar Postsと比べて関連度の計算など細かい設定ができませんが、その分、手軽です。私の場合はSimilarが動作しなので選択の余地がありませんでしたが、色々と試してみると良いと思います。wordpressはプラグインの脱着が簡単なのも魅力です。

其々のプラグインの設定方法などは、プラグイン名で検索すると沢山出てくる先輩方の記事を参考にしてください。

 - サイト作り

adsense

adsense

最近のコメント

このブログでは記事ごとのコメントは設けておりません。
ご意見、ご感想などは、ゲストブックに書き込んでくださると有り難いです。


  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

  •   関連記事