霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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ぼく牧水 伊藤一彦と堺雅人が短歌を語る

   

ぼく、牧水

本棚に「ぼく牧水」という本が並んでいます。4年くらい前に読んだ本ですが久しぶりに手に取ってみました。

それにしてもふざけた題名の本です。
そのふざけた題名のとおり、若山牧水をテーマにした本です。伊藤先生と、今大人気の堺雅人さんが対談形式で短歌や若山牧水のことを語っています。二人とも宮崎の出身で、堺さんの高校時代は師弟関係だったそうです。

その二人が牧水の郷里、坪谷から日向、宮崎と3夜にわたって酒を酌みながら牧水を語っています。牧水の名歌がちりばめられ、伊藤先生の分かりやすい解説が添えられています。
そんな短歌の世界への堺さんの役者らしい絡まりぐあいがいい感じです。何人もの人になり替わることができる役者さんらしい感性、まるで牧水にでもなったかのように牧水の短歌に、その詠まれた風景に、そして牧水の心に絡んでいきます。

若山牧水の生家は東郷村坪谷は、この前の大合併で日向市と合併しました。その日向市の小さな漁村に私は生まれました。
当然、牧水には親しみを感じますが、その足跡はあまり知りません。この本のおかげで郷里の偉大な歌人に、一層の親しみを感じることができました。

歌人として牧水研究者として歌人牧水をかたる伊藤先生、役者として人間牧水を語る堺さん。牧水の一方向からだけでは語り尽くせない魅力を二人が引き出しています。

拾い読みしているうちに、もう一回、じっくりと読み直したくなりました。

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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