霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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オオイヌノフグリは己が名を憂うや

      2015/02/21

オオイヌノフグリ

春は名のみで朝起きると霜で真っ白という日が、まだまだ多い我が家です。でも、私の大好きなオオイヌノフグリが咲き始めました。とっても小さい花ですが、もう少しすると我が家の庭を青く染めてくれます。

「オオイヌノフグリ」を漢字で書くと「大犬の陰嚢」です。花の可憐さには、似つかない名前です。
これは近似種のイヌノフグリの実に由来しています。イヌノフグリの実はハート型で、その名の通り犬のそれに似ています。まだ実物は見ていませんが、ネットで調べてみたら確かに似ていました。イヌノフグリの花は随分と小さいらしく、その大きい種類ということでオオイヌノフグリという名前になったらしいのです。

オオイヌノフグリ

オオイヌノフグリの実は犬のそれには似ていません。イヌノフグリが無かったら、こんな不名誉な名前にはならなかったでしょうに。とっても可憐な花なのにかわいそうです。

可愛そうな名前をもつ植物は沢山あります。ヘクソカズラなんかも凄い名前です。屁糞葛・・・屁糞ですよ。可愛そうに。まぁ、臭いからついた名前なんですが、もう少し言いようがあったでしょうにねぇ。

ヘクソカズラ

このあたりの花たちは、ウッカタに言わせると全て雑草ということになり駆除の対象です。伸びてくると草刈り機で一掃されます。確かに小さくて目立たないですが、彼女たちも寄ってみると意外な姿を見せてくれるんです。園芸種の着飾ったスターのような花よりも、こんな野の花たちが好きだったりします。

 - 田舎の風景

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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