霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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大浪池の龍伝説

      2015/02/28

大浪池
大浪池は池という名がついていますが立派な山です。常時水がある火口湖としては日本で一番高い処にあります。霧島連山の中では比較的登りやすい山で人気があります。
韓国岳からみる大浪池が好きです。眼下に満々と水を湛える大浪池が見えます。

大浪池は火口湖です。湖の周りを火口壁が取り囲んでいて火口湖まで降りるのは容易な事ではありません。
火口湖におりると龍神様の祠がありました。静かな火口湖の水面を見守るかのように畔の石の上に安置してありました。

大浪池の龍神様

大浪池には龍の神話があります。

有名なものは「お浪」の伝説です。
子供のいない裕福な夫婦が神に祈ったところ女子を授かり「お浪」と名付けます。大きくなった娘は、なぜか縁談を断り続け、ある日、この池に飛び込んでしまいます。この娘は実は龍神の化身だったというものです。

こんな話もあります。

祁答院町にある伊牟田池には仲の良い夫婦の龍がいたのですが、やがて男龍が大浪池の女龍と暮らすようになります。残された伊牟田池の女龍は男龍をおって大浪池に向かって地下を掘り進みますが、誤って途中の住吉池に出てしまったというのです。
それにしても男というのは人間も龍も浅はかな存在のようです。

大浪池も伊牟田池、住吉池も行ったことがありますが、いずれも龍がいてもおかしくないような佇まいと雄大さをもっています。
大浪池に行ったら、そのような龍伝説を想いながら湖面をのぞき込んでみると良いと思います。その湖畔に佇む小さな龍神様の祠を思い起こしながら。

 - 山の風景

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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