霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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アジサイが咲き始めました 花言葉は「あなたは美しいが冷淡だ」

   

アジサイ

6月に入って雨が多くなりました。そろそろ梅雨入りでしょうか。この頃になると元気になるのが紫陽花です。アジサイは紫陽花と書いた方が雰囲気がありますね。

わが家の庭にもアジサイが咲きはじめました。アジサイは「七変化」とも書きますが、本当に色が変わっていきますね。最初は緑がかった白色ですが、少し開き始めると薄いピンクいろになります。やがて青色が増していき満開になる頃には青色のボールになるのです。それもやがて青色が抜けていき紫色になって朽ちていきます。

青色になるのは土壌が酸性だからだそうです。アルミニュームイオンによって青色になるのだそうですが、酸性だとアルミニュームが溶けだしやすいのだそうです。青色にしたいときは酸性の肥料やアルミニュームを含むミョウバンを与えると良いそうですよ。ただ、遺伝的に色の変わらない花もあるそうです。

ヤマアジサイ

山を歩いているとシックな青色のガクアジサイに出会うことがあります。ヤマアジサイです。この素朴なアジサイが大好きです。
アジサイの原産地は日本だそうです。日本から中国をへてヨーロッパに伝わり、彼の地で園芸用に品種改良をされてセイヨウアジサイとして逆輸入されたのだそうです。

アジサイ

いつぞや俳句の吟行でお伺いした「東雲の里(しののめのさと)」は広大な紫陽花園です。なんと10万本の紫陽花があるということでした。
遠目に見る紫陽花の群生は素晴らしいです。山肌を埋め尽くして青く染め上げています。散策してみると色々な種類のアジサイに驚きます。
園内にはギャラリーや茶屋もあります。至る所にオブジェが飾ってあったりして楽しくなります。ゆっくりと回ると思わぬ発見があるかもしれません。

アジサイ

梅雨の中、お出かけも億劫になりますが、折角の梅雨ですから雨も楽しみましょう。アジサイはそんな日を素敵に演出してくれると思いますよ。

 - 田舎の風景

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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