霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

*

合歓の木の花が風に揺れています 合歓でネムと読む不思議

   

合歓の木

山里の夏を彩るのは合歓の花です。ピンク色の綿毛のような花を高い木の枝一杯につけています。青い空と蒸せるような深緑とのコントラストが綺麗です。好きな花です。

ふわふわのピンクのショール身につけて合歓の木ちょっとすまして風受く(谺)

夏山は白い花が多いのですが、合歓の木のピンクの花はそのふんわりとした花の形と相まって上品に映ります。
合歓の木は結構、大きな木が多くて花を綺麗に写真に収めることができません。谷沿いの道から下の方にある木などを狙ったりして、ようやくアップでカメラに収めることができました。

この花の名前を知ったころ、どうして「合歓の木」と書くのか調べたことがあります。だって気になりませんか? 合わさって歓ぶ木なんですよ。それに「合歓」では普通、「ネム」とは読めません。

 

和名のネムは夜になると葉が閉じて眠るように見えることからつけられているようです。もっともなネーミングです。葉っぱは触ると閉じるオジギソウに似ています。

漢字の方は、この木が中国で夫婦円満の象徴とされているからだそうです。予想に反せず男女が合わさり喜びをともにする意味合いです。夜になると葉が合わさる姿から夫婦円満、一家和合の象徴として植える習慣があるそうです。まぁ、想像力豊かですなネーミングですね。

ちなみに英語では「silk tree」、シルクツリーだそうです。これは花の形からきているのでしょうね。綺麗な名前です。
しばらくは合歓の木の柔らかい花が山里を飾ってくれることでしょう。合歓の木

御目障りな拙歌のお詫びに万葉集から紀女郎(きのいらつめ)のロマンチックな和歌をどうぞ。

昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花 君のみ見めや戯奴さへに見よ (紀女郎)

※戯奴(わき) 目下の人を呼ぶ言葉

 - 田舎の風景

adsense

adsense

最近のコメント

このブログでは記事ごとのコメントは設けておりません。
ご意見、ご感想などは、ゲストブックに書き込んでくださると有り難いです。


  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

  •   関連記事