霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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杉の木を切り倒す

   

伐採

この田舎屋に引っ越してきて2年くらいになります。引っ越して暫くして、家の周りの杉の木を何本か切り倒しました。この杉で少しばかり家の方が日陰になっていたのです。

伐採

木を切るのは結構大変です。当時は電動のチェーンソーしか持っていなくて、切ること自体にも手こずりました。しかし、それよりも大変だったのは変な方向に倒れないようにすることです。倒れる方向は葉っぱの付き具合などで想像がつくのですが、それが家の方向だったりすると困ります。切込みを入れるだけでは心配なので、上の方の枝にロープをかけて引っ張ったりしました。

伐採

きって年輪をみると樹齢20年から30年程度はあるかと思いました。太さはまちまちです。
切り倒したら枝をおとします。この作業が大変でした。落とした枝も放置しておくわけにはいきません。なにしろ家の敷地内ですから。

枝をおとしたら適当な長さにきっていきます。
ところで、切ったばかりの杉の木って恐ろしく思いです。将来、柱にでもと思って3m位に切ったのですが、とても動かせる重さではないです。
暫く放置していましたが、邪魔だったので1m位にきって積み上げました。

さて、それらの丸太をどうするかという事です。
薪ストーブがあるので薪にしても良いのですが、ちょっともったいないです。

なんとか「板」にできないかと思っいました。
まず、チェーンソーを使ってフリーハンドで縦引きしてみたのですが、とても板とは呼べない代物になりました。

アメリカ製の治具を楽天市場で見つけましたが、ちょっとお高い。その治具は悩んでいる内に製造中止となりました。

ネットで検索してみると、色々なかたがチェンソー製材にチャレンジしていました。
私は元来、不精なたちなので、ちょっと手抜きしてチャレンジしてみました。

まずは細い丸太で試してみます。その顛末は明日にでも・・・。

 - 田舎暮らし

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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