霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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田舎暮しを愉しむ講座 9月はピザ作り

   

ピザ釜

がまこう庵での田舎料理教室です。今月はピザ作りです。今月はシルバーウィーク初日ということもあって参加者は少なめです。20人くらいでしょうか。皆でワイワイ言いながらピザの生地をこねています。私はいつものように見学です。

ピザの生地は小麦粉に水、塩、オイルを混ぜて捏ねていきます。小麦粉は強力粉か中力粉、小麦粉400gにつき水が200cc、塩は小さじ2杯くらい、オイルは大さじ2くらいです。イーストも少し入れていました。これで概ね4人分だそうです。

捏ねる時は小麦粉に水、塩、オイルを一度に入れて捏ねていきます。別々に入れると上手く混ざらないそうです。オイルはオリーブオイルがよろしいとか。捏ねてから少なくとも30分くらい寝かします。ふんわりとした生地にするため寝かさないといけないらしい。

1品目はベーコンピザ。伸ばした生地にトマトソースを塗って具をのせていきます。具は自家製のベーコン、ジャガイモ、パプリカなどの野菜、バジルなどのハーブ類、とにかく具だくさんです。チーズを乗せるのを忘れないように。

ベーコンのピザ

ベーコンのピザ

2品目はオイルサーディンのピザ・・・今回はオイルサーディンではなくて秋の味覚、秋刀魚の缶詰を使いました。缶詰の汁に豆板醤を加えてソースにします。そのソースを生地に塗って秋刀魚の身をほぐして乗せていきます。こちらも具沢山に色々とのせていきます。こちらはバジルではなく魚にあう青じそを乗せます。

魚のピザ

魚のピザ

出来上がったらピザ釜で焼きます。ピザ釜はしっかりと温めて置くことが肝心です。今回は2時間も前から薪を焚き余熱していたそうです。ピザ釜はレンガをアーチ状に重ねたものです。このアーチで上からも熱を加えてピザがうまい具合に焼けるとのことでした。ピザ自体は10分もピザ釜に入れておくと良い感じに焼けました。ピザ釜が欲しくなりました。

今回はピザと生地を寝かしている間に作ったリゾットでお昼です。リゾットにはシソの醤油漬けをかけて頂きました。シソの実を醤油につけて1日程度で食べられるようになるそうです。簡単で手軽です。焼酎の肴には良さそうな一品です。

いつもはラッキョウ漬けなど昔ながらの料理でしたが、今回は洋風のピザの作り方でした。レンガのピザ釜で作るピザもなかなかです。来月は味噌作りだそうです。こちらも楽しみです。

 - 田舎暮らし

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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