霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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不思議な樹木たち 森でみつけた迷路

   

迷路の木
山歩きをしていると不思議な木々に出会ったりします。どうしてこんな形になったのでしょうか。

冒頭の写真は高千穂峰の麓で見つけた切り株です。まるで迷路のようでしょう。虫食いのあとでしょうが、これほど幹の中を食い荒らされると木もたまったもんじゃないですね。中の虫もこの穴を進みながら居場所が分からなくなったのではないでしょうか。

穴の開いた木

穴の開いた木も沢山あります。年老いて内部が朽ちた木などが頑張って立っている姿は応援したくもなります。でも、この木の穴は何でしょうかねぇ。まるでおへそのようです。何かがここにあったのでしょうか。もしくは、ここが何かの具合で傷ついて、そのまま大きくなったのでしょうか。面白いです。

板根

根っこの変わった木々たちもいます。この木は根っこが板のようになっています。その通り板根(ばんこん)というようです。面白いので写真に収めましたが、根を深く延ばせない時に木を支えるために、このような形になるそうです。

捩れた木

倒木更新の木々たちも面白い形になります。倒れた木の上に種が落ち、芽生え、大きくなったものです。倒木はその朽ちていくなかで、自分の上に芽生えた若木に栄養を与えます。そして朽ち果ててしまうころには若木も立派にそだち、その根元に空洞をつくります。まるで自分が存在していた証のように。

山歩きをしていると、いろいろな植物に出会えます。花や樹木たち。樹木は私たち人間よりも長生きなので、その間に色々なことを見て経験しているのでしょうね。その長さが樹木の一つ一つの形に現れているのだと思います。

 - 山の風景

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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