霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

*

桜が咲くのを決めた日

   

桜

我が家の桜、今朝はまだ咲くのをためらっていました。しかし雨もあがり暖かい春風が吹き始めるて、ようやく決心がついたようです。一気に咲き始めました。

我が家には一重の、ちょっと大ぶりの桜と八重桜があります。今日咲いたのは一重の桜です。八重桜の方は、もう少しお日さまの温もりが必要なようです。
この桜の種類は分かりませんが、公園などにある桜よりは大ぶりで色が少し濃いようです。

ウッカタは塩漬けにするとかで、蕾ぎみの桜の花を摘んでいました。後日、桜湯にすると言っておりましたが、果たして綺麗に出来るでしょうか。
桜の花は一気にさいて一気に散るので、何とかしてその美しさを残したくなるのでしょうね。桜湯を楽しみにしておきましょう。

岩ツツジ

ちょっと散歩してみると、色々と花が咲き始めていました。
岩ツツジがお隣に咲いていました。あまりに綺麗だったので、ちょっとお邪魔してシャッターを押してみました。
岩ツツジは他のツツジよりも早く咲いて春の訪れを知らせてくれます。紫色の花が枝一杯につくので綺麗ですね。

すみれ

桜やツツジを見上げてばかりではいけません。足元にはスミレの花が控え目に風にゆれています。桜のように「春だ!春だ!」とはしゃいている感じではなく、耳元で「春が来ましたよ」とささやいているような感じです。落ち着きのある美しさですね。

レンゲ

田圃にはレンゲがポツポツと咲き始めています。もう少しすると田圃を紫色に染めてくれるでしょう。レンゲはよって花一輪を愛でる美しさも、引いて田圃をそめる集団の美しさも持ち合わせています。

 - 田舎の風景

adsense

adsense

最近のコメント

このブログでは記事ごとのコメントは設けておりません。
ご意見、ご感想などは、ゲストブックに書き込んでくださると有り難いです。


  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

  •   関連記事