霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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農地購入を企て中

   

農地

この山里に引っ越して2年余ですが、そろそろ農地を購入したいと思っています。ただ、農地の購入は結構大変です。農地法という大きな壁が立ちふさがっています。

近くに農地を手放したいという方がいらっしゃって購入の話をしている所です。しかし、農地の場合は単純な売買という訳にはいかないようです。

私の場合は今まで農業をやっていなかったので、ます起農という手続きが必要です。市町村の農業委員会に「私は農業を始めます」という申請をして、許可を得ないといけないわけです。

その上で農地法による農地の譲渡許可、いわゆる3条申請を行うことになります。
この3条申請の許可基準を市のホームページで確認しました。

農地法第3条の許可基準

・すべての農地を効率的に耕作すること(すべて公立利用要件)
・申請者または世帯員が農作業に常時従事すること(農作業常時従事要件)
・農地の合計面積が農業委員会が定める下限面積以上であること(下限面積要件)
・周辺の農地利用に影響を与えないこと(地域との調和要件)

以上の4要件を満たさないと農地譲渡の許可が下りないわけです。
私の住んでいるところでは下限面積は20aのようです。

まず、購入、借用を含めて20a(2反歩)の土地を用意する必要があります。その上で、それらの土地を耕作できる状態にします。荒地のままではいけません。また、耕作する手段、知識も求められます。さすがに2反もの農地を鍬一本で耕作するというのは無理でしょう。
上記の要件を満たしているか調べる現地調査もあるようです。私のような新規就農者の場合は立ち合いもしないといけないようです。

今から起農、3条申請の手続きをしていくことになります。
農地を購入して畑や田圃を作っていくまでの顛末・・・結構大変そうですが、このブログでも顛末を報告していきたいと思います。

 - 菜園

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最近のコメント

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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