霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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初めての稲作 総括

   

初めての稲作

最初の稲作も滞りなく終わり、新米も頂きました。自分で作ったお米、ご飯は格別な味でした。この辺りで今年の稲作の総括をしておきたいと思います。

概要

田圃A(通称:下の田) 704㎡(7畝)

苗  ヒノヒカリ 10箱
収穫 普通米 9俵

田圃B(通称:上の田) 360㎡(3.6畝)

苗  ヒノヒカリ 4箱、さつま絹もち 2箱
収穫 普通米 4俵
餅米  2俵

費用

648円X18箱=10,368円 (2箱余り)

肥料、農薬

元肥(20kg) 2,462円X3袋=7,386円
追肥(20kg) 1,847円X2袋=3,694円
苗用農薬     3,586円X1袋=3,586円
除草剤      2,635円X1袋=2,635円

資材他

はぜ掛け用ビニール 約1,500円
はぜ掛け用紐    約1,500円
コンバイン用紐   約1,000円

コンバイン、草刈機などの燃料代は共用に付き不明
はぜ掛け用竹類は借用

使用機材

田植え機 借用(中古機を購入予定)
稲刈り機 借用(中古機を購入予定)
脱穀機  借用(中古機を購入予定)
耕運機  友人から譲り受ける
草刈り機、軽トラック

総括

総費用、31,559円に対し普通米13俵、餅米2俵の収穫でした。
1俵を5,000円で計算すると購入するよりも安いですが、かかった労力を考えると買った方が安いと言えるかもしれません。

費用の中には用地取得の費用はもとより、機械の代金が含まれていません。
今期は機械が全て借用できたのが良かったですが、来期は購入予定です。今交渉中の中古案件は3機種で20万円ほどと割安ですが、維持費と稼働年数が問題です。何しろ年に1回しか使わない機械類なので恐ろしく稼働率が悪いです。

機材の固定費を考えると耕地面積を増やして収穫を多くすると良さそうですが、何しろ週末農夫ですから、おいそれと増やすわけにもいきません。将来は検討しても良さそうですが、その頃は体とご相談ということになるかも。

今年は田植え時期は雨が多くて、収穫時期は晴天が多かったです。しかも台風などの被害もなく恵まれた条件でした。毎年が同じような天候とは限らず不確定要素が存在します。
特に台風が上陸すると稲の倒伏や病害虫に被害が起きやすくなります。このあたりのリスクに関しては共済への加入も検討しています。

そうはいっても自分で作る米は格別です。使う農薬もコントロールできるので安心です。なによりも育って行く稲を見るのが楽しみです。まぁ、この辺りがコストを考えなくても良いアマチュアの特権かもしれません。

上の田に比べ下の田の収穫が少ないのは、多少日当たりが悪く青刈りが多かったことと、イノシシ被害で倒伏した稲があったからと思われます。

農作業履歴・稲の発育状況

田植基準週 日付 稲の状況 作業 メモ
-6 5月3日 荒起こし
-5 5月10日
-4 5月17日
-3 5月24日
-2 5月31日 荒起こし
-1 6月7日 代作り 雨が降り続く
0 6月14日 田植え
1 6月21日 除草剤散布
2 6月28日
3 7月5日 20cm
4 7月12日 時々水が涸れる
5 7月19日 40cm 畔の草刈り 梅雨明け
6 7月26日 60cm
7 8月2日 70cm
8 8月9日 80cm 追肥
9 8月16日 中干 なかなか水がはけない
10 8月23日 90cm 中干 一部出穂、台風接近
11 8月30日 水張 出穂
12 9月6日 畔の草刈り
13 9月13日
14 9月20日
15 9月27日 水はなし 溝をしかりと掘ること
16 10月4日 猪出没 電柵の管理注意
17 10月11日 稲刈り
18 10月18日 稲刈り(餅)
19 10月25日 脱穀 13俵+2俵(もち)

 

それぞれの顛末はこちらからどうぞ

初めての稲作

 

 

 - 菜園

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最近のコメント

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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