霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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夏野菜の哀しい現状 芋類の収穫に希望をつなぐ

   

ゴマ

長い長い梅雨が明けて灼熱の夏となりましたが、夏野菜たちのダメージは大きいものがあります。さつま芋や里芋たち芋類は何とか勢いを取り戻しつつありますが、ほかの野菜は厳しいです。

落花生が花を咲かせました。成長が遅い感じがしますが、花が終わると細い根のようなものを土に刺して実をつけます。面白い作物です。長雨で畝が細くなっているので土寄せをしておきました。さてどうなることでしょうか。
枝豆は背が伸びないまま実をつけました。実の数は少ないですが、食べてみると美味しく育っています。半分くらいを枝豆状態で収穫し、残りは大豆までおいておきます。来年の種の分と煮豆ようです。
豆類は全滅こそないですが、成長が遅く枯れた苗も目立ちます。残ったものを大切に育てていかないと。

落花生

落花生の花

オクラは成長が遅く、背が小さいまま実をつけ始めました。オクラの実は成長が早く、うっかりすると直ぐに実が固くなってしまいます。これからは毎日収穫に行かないといけませんね。
ゴマも植えたのですが芽が出ずに全滅・・・かと思っていましたが、一本だけ花をつけてくれました。一本では来年用の種にもならない感じですが、初めてのゴマなので観察しておきましょう。来年、再チャレンジです。

ウリ類は芳しくないです。カボチャは1個だけ実をつけてくれましたが、スイカは全滅です。キュウリも少しは実をつけてくれましたが、今季はこれで終わりでしょう。苦瓜もダメでした。

トマトは雨に弱いので枯れてしまいました。ナスも成長不足です。ピーマンだけが元気よく育っています。

 - 菜園

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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