霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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【就農日誌】さつま芋を植える 自家用だから色々な種類を少しずつ

      2015/05/15

さつま芋

さつま芋を植えました。今年は畑が広くなったのでさつま芋も沢山植えることができます。植えたのは黄金千貫、紅さつま、紅はるか、安納芋です。さつま芋は色々と種類があるので色々と植えてみるのも楽しみです。我が家では焼き芋などにすると美味しい赤芋系が多いです。

芋の苗はホームセンターなどに売ってあります。10本で100円から200円ほどです。今回は60本ほど植えました。

マルチをした畝に、苗を20cmごと位に植えていきます。苗といってもさつま芋の新芽を切ったもので根は生えていません。これを畝に差し込むように植えていきます。さつま芋は蔓が随分と伸びるので苗間を広く取る方が良いようです。

さつま芋の場合は肥料を入れません。肥料が多いと蔓だけ伸びて肝心の芋が大きくならない事があります。特に窒素成分が多いとダメなようです。さつま芋専用に肥料もあるようですが、私は肥料を入れずに植えています。

黄金千貫は焼酎の原料として使われることが多いさつま芋です。白い芋で蒸かすと中が黄色くなります。甘味がありますが焼き芋よりは蒸かしたり天ぷらなど料理に使うと良い感じです。大きい芋が出来て育てやすい芋です。

紅さつま、紅はるかは赤い色の芋です。糖度が高く、焼き芋にするととてもおいしい芋です。特に紅はるかの焼き芋は美味しく、我が家でも大人気です。

安納芋は種子島の特産でオレンジ色の芋です。ただ、この辺りでつくると種子島産のようにはいかないようです。やはり土質などの違いでしょうか。

さつま芋は作りやすい芋です。植えた後、蔓が伸びてきた時点で、時々蔓返しをしてやります。蔓が野放図に広がらないように引きはがしてまとめていきます。こうすることで不要に根が付くことを防ぎ、本来の芋に栄養が集中するようにします。

収穫は9月頃です。家庭菜園なので一度に収穫するのではなく、食べる分だけ掘っていくような感じです。今年は沢山植えたので畑に埋めて貯蔵してみようかと思います。秋が楽しみです。

 - 菜園

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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