霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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霧島の野湯 「目の湯」は霧島最古の岩風呂

      2015/02/01

目の湯露天風呂っていいですよね。

露天風呂は開放的ですよね。
山々をみながらゆっくりとする温泉に入っているのは最高です。

でも、時には開放的すぎる温泉もあります。
ここは霧島の「目の湯」。脱衣場はもちろん囲いもありません。
当然、混浴・・・とはいっても2人も入れるだろうか。

「霧島最古の岩風呂」と看板がないと、ただの岩の窪みです。
ちょっとした沢川のほとりに岩の窪みがあって温泉が湧いています。

このあたりは白濁した硫黄泉ですが、ここは透明な温泉です。
あついときは横の沢から水を入れますが水が混ざるとお湯が白くなります。

丸尾温泉街からえびの高原に向かう道の脇にあります。
「自然探勝路」の看板から山に入ると直ぐにあります。
往来の多い道のすぐ近くなので、ここの温泉を楽しむには少し勇気が必要です。

木々に囲まれた小さな温泉で気持ちが良いのですが、自然探勝路のルート上にあるので、入浴するときは気をつけて・・・。
露天風呂があることを知らないで自然林を散策する麗人を驚かさないように・・・。

霧島温泉街のホテルに泊まったら、すこし早起きしてチャレンジしてみませんか。

目の湯 アクセスマップ

31°53’38.2″N 130°49’54.4″E

 - 温泉散策

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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