霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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霧島硫黄山 オオヤマレンゲ(H19/6)

      2015/01/10

オオヤマレンゲ「今日は中止だね」
「えっ、こちらは降っていないですよ」
「こっちは、ドシャブリだよ」
「じゃぁ、こちらももう直ぐ降り始めますね」

梅雨の山行計画は空まかせ、晴山雨読と行きましょう。
とは・・・、思ったものの一向に降る気配のない空。
曇り空とはいえ、ちょっと行ってもいいかなぁ。

もう時間も遅いので、オオヤマレンゲだけでも見てきましょう。
オオヤマレンゲは、まだ見たことがありません。
話によると韓国岳の麓、硫黄山で不動池の向かいあたりにあるとか。

今日はリュックも積まずに出発です。
途中、雨が降ってきました。
朝の中止の判断、昼頃になって集発する判断、さぁ、判断ミスなのでしょうか。
とりあえず行くだけ行きましょう。

今日はあまり車も止まっていません。
山というほどもないので傘を手に上ります。
暫くすると森の中に人がチラホラ。

私も森の中に入っていきましょう。
あっ・・・・・。
ありました。
白くて大きな花が。
初めてのオオヤマレンゲは思ったよりも白く、思ったよりも大きな花でした。

雨上がり、まだ雨しずくのついたその花は、純白の花びらの中に赤いおしべを秘めていました。
日の照らぬ薄くらい森のなかにポツリポツリとある白い花は、ちょっと場違いな感じもいたします。
十分に純白の君を堪能したころに、そらから日がさしてきました。

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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