霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

短歌

取り込む俳句と吐き出す短歌

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吟行毎月、第4日曜日は俳句の会です。毎月、主催者が決めた場所で吟行を行います。私の場合は俳句よりも食事の方に魅力を感じているのですが・・・まぁ、それでも俳句は作らないといけません。五句の出句が基本です。

私の参加しているところだけかもしれませんが、俳句の基本は吟行のようです。大きな大会でもその場で詠むのだそうです。

短歌も月に1回の歌会がありますが、こちらは吟行をいたしません。年に1回程度は吟行を行いますが、歌会の遠足、レクレーションのような趣です。外に出て自然と語らいながら詠む俳句と、家の中でじっくりと内面を見つめて詠む短歌という感じでしょうか。短歌は場合によっては創作が入ることもあります。そう考えると、たった14文字の違いですが、短歌は14文字分だけ散文的なのかもしれません。

私は即詠がどうも苦手です。語彙が少ないのだからしょうがないです。辞書を片手にこねくりまわさないと短歌も俳句もできない。でも、句会は吟行、即詠が基本だから、その場で作らないと句会に参加できない。しょうがないから何とか作りますが、まぁ、何とかなるもんです。

俳句と短歌は、どうも基本が違うような気がします。
俳句は外を詠むもので、短歌を内を詠むもののような気がします。
外の世界を捉えて17文字の形に取り込んでしまう俳句。
内の世界を見詰めて31の形にして外に出していく短歌。
そして、おのおの外と内とを仲介するのが言葉、文字ということでしょうか。
私の参加している句会、歌会ではそんな気がします。

ある人から俳句と短歌は世界が違うから両方するといけないと言われたことがあります。でも、周りをみると両方している人も結構います。私は短歌の世界の住人で、時々、俳句の世界をのぞき込むような感じですが、その違いは文字数の違い以上のものを感じます。折角お邪魔しているわけですから、俳句の方々の「外の世界を捉える術」を会得したいと思います。

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