霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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メダカの学校は石臼の中

   

メダカメダカを飼っています。飼っている・・・というよりも、「います」かな。まぁ、メダカがいるんです。庭の石臼の中に。

我が家の庭には苔むした石臼があります。たぶん、この家で餅つきに使っていたのでしょう。今は石臼で餅つきなどすることもなく、そのまま庭に置かれたままに雨ざらしのままだったのでしょう。よか具合に苔むしています。

雨水が溜まって、それないりの風情もあったのですが、せっかくだから何か飼ってみようと思いメダカをいれました。都合よく身近にメダカの愛好家がいたので分けてもらいました。

メダカは育てやすいです。他の観賞魚のように水槽にフィルターや空気ポンプをつける必要もなく、時々餌を与えればよいのです。なにしろ庭に放ってある石臼なので、適度に雨が溜まってくれるので、ほぼ放任です。

昨年の夏にはメダカの子供が生まれました。よ~く見ると小さいな小さなメダカが泳いでいてびっくりしたのを覚えています。そのチビメダカたちも、随分と大きくなって、今では親メダカと変わらなくなってきました。

時々、ホームセンターで売っているメダカの餌をあげます。冬はほとんどあげません。暖かくなって活発になってきたら2、3日ごとに餌をあげます。忘れていても結構、大丈夫なようです。何を食べているのでしょうかねぇ。外に置いてあるので藻なども随分とあって緑色の水になっていますが、それが餌になっているのかもしれません。

これから暖かくなるとカエルがやってきます。我が家にはトノサマガエル、ツチガエル、ヤマガエルなど様々なカエルがいます。彼らもこの石臼が好きなようで、よく入り込みます。カエルたちがメダカを捕食するかどうか分かりませんが、ちょっと心配です。もう少し暖かくなったら網を掛けたいと思います。なかなか油断のならない奴らですから。

 - 田舎暮らし

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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