霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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大海 日南で伊勢海老料理を堪能して大満足

   

大海

久々に家族旅行に行ってきました。宮崎の日南海岸です。お目当ては「大海」の伊勢海老料理。
私達夫婦と娘一家、なぜかオーストラリアに行っている娘のボーイフレンドの5+2の宮崎紀行です。

ゆっくりと霧島の麓を出発して、最初に訪れたのは味紀行でも紹介した焼き鳥料理の「愛の里」です。ここで少し早目の昼食です。暴れ放題のガキがいるので個室をお願いして、七輪で焼き鳥を堪能しました。美味しかったです。

次は志布志の「イルカランド」、ここはガキへのプレゼント。まだお話できませんが、迫力のイルカショーは食い入るように見ていました。ペンギンもお気に入りのようでペンギン散歩では、後ろをチョコチョコ歩いていました。同じような歩き方で。

大海 海岸

そこから1時間半ほどかけて220号線を北上して最終目的地の「大海」を目指しました。「大海」は鵜戸神宮の近くです。目の前は太平洋で砂浜が広がっていました。早々にガキをつれて砂浜にでてみました。遠い台風の影響か、少し波がありサーファーが夕方の海を楽しんでいました。ガキは初めてみる波にビビっていましたが、すぐに大はしゃぎです。そして、大人たちも砂浜ではガキも戻ってしまいます。

大海 料理

大海は磯料理が大人気のお店です。1階は磯料理を食べさせてくれる食堂で、2階では宿泊もできます。この日の宿泊客は私達だけで、ゆっくりと過ごすことができました。
夜の料理は大海さんならではの磯料理です。伊勢海老、車エビ、アワビ、刺身と盛りだくさんです。これだけ食べて、泊まって、なんと一人、11,000円でした。みんな大満足で来年も行こうという相談で持ち切りでした。

大海 部屋からのぞむ朝日

9月は伊勢エビ漁の解禁の月です。この時期は、鹿児島でも内之浦や阿久根などで伊勢海老祭りが行われます。伊勢海老とうと高級食材ですが、やはり解禁時期が美味しいです。
実は私の実家は宮崎の北の方にある小さな漁村で、漁師を生業としておりました。伊勢海老漁もしていて、この時期は私も船にのって手伝っていました。朝、暗いうちから船を出し網を手繰っていくと、伊勢海老がギィギィ言いながら上がって来るのです。
伊勢海老漁は9月から3月くらいまで続けられていました。やはり解禁の9月が一番獲れて、段々と少なくなってきます。

そんな9月に、また訪れたいと思います。霧島の麓からは遠いので、また宿泊することになるでしょう。次回は志布志から北上するのではなく、宮崎市から南下するのも良いなと思っています。距離はそんなに変わらないようです。

 - 味処散策

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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