霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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モクレン考 散り際の見苦しさ

   

モクレン

モクレンの花は好きですか。

私は白モクレンが好きです。
紫モクレンも良いですが、春真っ先に青空に突き上げるように白い花を咲かせる白モクレン、凛々しさを感じます。

そんな凛々しい純白の白モクレンですが、散り際はちょっと見苦しい。
でも、その散り際がまた人間っぽくて好きです。

散り際の見事なのは、皆さんが大好きな桜ですね。実に見事です。
満開に咲いた桜が春風にのってひらひらひらと散っていく。散って大地を桜色に染め上げていく。
散っていく花びらの一枚一枚に、何ら憂いも濁りもない。そんな感じですね。

でも、今まで私はそんなに立派に散れたことはありません。卒業、別れ、色々な節目節目に。ほとんどが憂いを抱え、未練を残し、時にはしがみ付いていました。
木蓮の散り際にもまた、そんな感じです。

モクレン

純白だったモクレンが段々とくすんでいき、茶色に汚れていきます。見る影もなく汚れ果てても、なお落ちようとしません。しがみ付いています。
いかにも人間的な散り際、おや失敬・・・私的な散り際ではないでしょうか。

桜はある意味、諦めが良い。
木蓮は諦めが悪い。

私は弱さでしがみ付いているのですが、モクレンのような執念深さは強さにつながるような気もします。簡単に諦めない。

今頃の季節、モクレンの茶色くなった花をみると愛おしくなります。

 - エッセイ

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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