霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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11月1日は本格焼酎の日です

   

本格焼酎の日
本日、11月1日は本格焼酎の日でした。

私の大好きな焼酎の日なんです。なぜ、11月1日が本格焼酎の日かというと、この日あたりに新酒の蔵出しがあるからです。
芋焼酎はさつま芋の収穫を待って8月から9月頃に仕込みがはじまります。仕込んでから焼酎が出来上がるまで概ね3ヶ月ほどかかるので、11月が新酒の蔵出しとなります。

まぁ、そんなうんちくなんてどうでもいいですね。
ようは新酒が飲めるのです。今頃になると酒屋さんには「新酒」のラベルが張られた焼酎が並びます。中には、時期だけ発売される銘柄もあります。
焼酎は熟成されてまろやかになっていきます。新酒は貯蔵、熟成がないので荒々しい味わいの焼酎が多いようです。

さて、今年の本格焼酎の日、11月1日は・・・なんと日曜日です。
毎年、この日は色々なイベントが催されていますが、今年は一層盛りだくさんでした。
たとえばこんな催しなどなど・・・。

第一回 天文館本格焼酎まつり

鹿児島県外でも色々なイベントがあったようです。

「鹿児島本格焼酎まつりin東京2015」

他にも焼酎の蔵元が「蔵出しまつり」などを行うのもこの時期です。
新酒の蔵出しの合わせて蔵元まわりをするのも楽しいですね。もちろん、お目当ては試飲だったり・・・。しかし、蔵元はたいがい交通の便の悪いところにあったりします。結局、自家用車で行く羽目になったりしします。
お好きな銘柄の蔵元のホームページを確認してみてください。結構な数の蔵元が、なにかしらの催しをしています。

さつま芋 収穫

わが家のさつま芋も収穫の時期を迎えました。我が家のさつま芋は焼酎へと変身することもなく、焼き芋などで食べる分だけです。さつま芋の夢は焼酎の仕込みに使われることかもしれませんが、私にはそんな畑も技量もありません。

さて、週末は芋堀りをして、新酒でダレヤメといきましょうか。

 - エッセイ

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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