霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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今日は月食・・・のはずでした

   

月食

今日は月食ですね。皆既月食です。

しかし、残念ながら天気が思わしくなく月食の観察は無理のようです。
今回の月食は皆既月食ですが、皆既月食の時間はわずか13分です。

つぎは2年後

次に期待しましょう。
次は2年後の2017年の8月8日に部分月食。
3年後の1月31日に皆既月食、皆既状態がなんと1時間17分続きます。
愉しみですね。

皆既月食に現れる星空

前回は昨年の10月8日でしたね。
この時も皆既状態が長く天気も良かったのでじっくりと観察しました。
冒頭の写真がこの時の写真です。

写真のお月様は赤いですね。皆既状態になると月は赤くなりますよね。赤い月は幻想的です。写真を見て頂くと星が写っていると思います。露光が長かったので星が少し流れて細長く映っています。
なんでもない写真ですが、満月のお月様と星が一緒に写せるのは月食の時だけです。満月の時は明るい星しか見えませんが、月食が進んできて空が暗くなってくると暗い星も見え始めてきます。
満天の星と幻想的な赤い満月の共演は、何回みても良いものです。

皆既日食のときも星が現れるという事でしたが、まだ見たことがありません。
次にこのあたりでチャンスがあるのは2074年の1月とのこと・・・チャンスはないか。もし昼間の星空が望めたら真冬に夏の星座、さそり座あたりが見られるかもしれませんね。

 - エッセイ

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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