霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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霧島連山 樹海を歩く(H19/4)

      2015/01/10

霧島樹海「ここから新燃岳、獅子戸岳方面へのコースは旧登山道が途中から全く不明になっておりルートファンディグのできる山の経験者、ベテラン以外の一般登山者、初心者には困難で危険をともないますので、利用しない方が賢明です。経験者の方でもテープ等の目印に十分注意してください。」

きょう行ったコースの入り口にある立て札に書いてありました。
そうです、きょうはこのコースを二人で歩くのです。
連れは迷った経験者、わたしはその連れに連れられての初コース。
この立て札が否応なく不安をつのらせます。

いつものとおり、いつもの時間に、いつもの場所で待ち合わせて、高千穂河原から山中に入っていきます。
しばらく歩くと件の立て札が現れます。
さて、ここから1時間ほど目をかぁっと見開いて赤い目印を探し、探し、進んでいくことになります。

朝方は暖かく見守ってくれたお日様も雲隠れです。
葉の落ちた木々の間に風が通り抜けると心細さだけが膨らんできます。
「ここで猪が出てきてねぇ」
「ここで迷ったの」
「あっ、鹿の骨・・・」
連れは私を元気づけるつもりは無いようです。

そんなこんなしているうちに樹海も潜り抜け、連休の頃には花園になるという草原を通り抜け、見慣れたルートに出たところで昼食です。
昼餉の頭上では、いつしか烏どもが集まって様子見です。
烏どもは集まって何を相談しているのか、どう見ても祝福に集まっている様子ではありません。
でも、あとはご存知の縦走ルートを戻るだけです。

新燃岳の碧の火口湖は、いつもより水を湛えてさらに妖艶です。
その火口の淵を歩きながら短歌の話など。
今日も心細くも楽しい一日でした。
次は花園を愛でに来ないといけないですね。
翠深まり赤い目印が見づらくなる頃。

 - 登山日誌

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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