霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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初夏の高千穂峰 草原の中を歩く(H19/5)

      2015/01/10

高千穂峰高千穂峰を鹿児島側から登るとガレ場で、とっても登りにくい山です。

写真は高千穂峰を宮崎県・高原側から登る時の写真です。
ほぼ山頂直下なんですが、稜線つたいに草原の中を登っていく感じです。
鹿児島側と随分と違う雰囲気の登山道です。

見えないでしょうが、写真の中央のところに小さい鳥居があります。
霊峰、高千穂峰の入り口という感じでしょうか。

写真の上の雲に隠れたところあたりが頂上です。
しばらく登ると草がなくなりガレ場を登ることになります。
勾配も急になり、ちょときつい所です。

宮崎側からは神武天皇の生まれたといわれる王子原からのルートと東神社ルート、御池小学校ルートの3つがあります。
3つのルートは途中で合流して山頂を目指すことになります。

途中に二子石という巨石があります。3つの巨石があるのですが、どこから見ても2つの石が見えるので二子石というそうで、良い休憩場所です。

鹿児島側からと比べると距離も長くて、変化があり、面白いコースです。
両方に車を置いて宮崎側から登って、鹿児島側に降りていくコースを時々楽しみます。

 - 登山日誌 ,

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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