霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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山田の凱旋門 珍し日本の凱旋門

   

山田の凱旋門凱旋門は戦いに勝利した軍隊や将軍たちを迎える記念に作った門です。凱旋門というとフランスの凱旋門が有名ですね。

日本では日露戦争の終結時に沢山作られたそうです。でも、日本の凱旋門はその後取り壊されたものが多く、今では数基が残っているだけだとか。

その一つが姶良市にある山田の凱旋門です。この凱旋門も日露戦争従軍者の帰還を記念して明治39年に作られています。
日露戦争が明治37年の2月に始まり、明治38年9月のポーツマス条約により終結していますので、その半年後に作ったことになります。

山田の凱旋門

立派な石の柱が2本あり、それをアーチが結んでいます。凱旋門なので石造りの門があるだけです。とくに建物があるわけはありません。
凱旋門をくぐると、奥に石段がみえます。結構、段数の多い石段ですが、そこを登りきると左手に石段が続いており、その奥には神社がありました。

その神社の裏手には古くは西南の役、日清、日露、先の大戦の慰霊碑が、厳かに佇んでいました。この山田地区からも多くの方が戦地に赴いたんですね。

この神社は展望がよく、遠く錦江湾まで見通すことができます。
凱旋門の出来た当時は日露戦争の勝利に、日本中が湧きたっていたのでしょうね。しかし、その賑わいの裏では戦地に散り、この凱旋門をくぐることが叶わなかった方々も数多くいらっしゃるのでしょう。件の慰霊碑には1,200柱もの戦没者が祀られているそうです。

この辺りを車ではしると異様にリアルな案山子が出迎えてくれます。あまりのリアルさに案山子とは気づかずに走りすぎることもあります。ヘルシーランチで人気の「桜凱」さんが近くにあるのでセットで行かれては如何でしょうか。

山田の凱旋門 アクセスマップ

31°46’24.6″N 130°36’51.8″E

 - 歴史散策

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最近のコメント

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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