霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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ひょっこりひょうたん島へ釣りに行く

   

ひょっこりひょうたん島
ひょっこりひょうたん島って知っていますか。

昭和の少年たちには懐かしい名前ですね。NHKの人形劇です。
そんなひょっこりひょうたん島そっくりの島に釣りにいきました。
毎年、5月の連休には、この島に釣りにいく慣わしになっています。
今年も家族4人で出かけました。

この島は鹿児島県の志布志市にある無人島です。
名前は分かりません。私たち家族の中では「けったん島」と言ったりしています。
「けったん」って宮崎の方言でお尻のことです。形がお尻ににているから呼ばれ始めました。「ひょっこりひょうたん島」でも良いのだけど、昭和の少年たちにしか分からないので。

子供たちが小さい頃は、ここへキャンプによく行っていました。子供たちも大きくなって、何かと忙しくなってきたので、ここ数年は日帰りの釣りになってたのです。

釣り

この無人島は港からすぐの在ります。でも、ボートでもないといけないので釣りに行く人もほとんどなく穴場になっています。
わが家はゴムボードです。昔はエンジンを付けていましたが、メンテナンスとか大変なので今はオールで手漕ぎです。それでも数分でついてしまいます。

ボート

何時だったか、ゴムボートを広げて空気を入れようとしたら穴が空いていて膨らまない事がありました。なんとネズミが穴を開けていたのです・・・死骸もありました。その穴をガムテープでふさいで漕ぎ出したことがあります。今は補修をしましたが、それでも少しずつ空気が漏れているようです。

釣りはメジナ狙いです。毎年、それなりの釣果があります。今年は大潮で条件が良かったせいか30匹ほどつれました。小ぶりで手のひらサイズがほとんどでしたが、なかなか面白かったです。

今年は夏にもう一度行こうという話も出ていますが、どうなる事やら・・・。

 - 田舎暮らし

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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