霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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田舎暮らしを愉しむ講座 がまこう庵の田舎料理教室に参加したぞ

      2015/05/17

田舎料理

宮崎は都城の「がまごう庵」でやっている「田舎暮らしを愉しむ講座」という教室に参加しました。内容は田舎料理の教室です。月に1回の教室で味噌やコンニャク、ベーコンなんかを作って行きます。
今回は5月ということで「あく巻」作りでした。

あく巻は鹿児島ではポピュラーです。特に田舎では。端午の節句頃になると色々な家であく巻作りをして、色々な家からおすそ分けが回ってきます。我が家でも作ったことがありますが、それはそれは手間のかかる物です。

教室は4月からですが、私は4月をお休みし今回が初めての参加でした。
普段は10時からですが、今回は手間のかかるあく巻ということで早めに集まったようです。30前に到着したのですが、もうもち米を竹の皮に包む作業が始まっていました。

あく巻

あく巻はもち米をあく汁(灰汁)に1日つけたものを、竹の皮に包んで茹でていきます。その茹でる時間が最低でも3時間くらいかかります。
教室は10時から1時までですので茹でるだけで教室が終わってしまいます。それで早めに集まって包む作業を始めることになっていたようです。

教室の生徒は30名ほどでした。ほとんど女性で男性は私のほかに1人だけです。思いのほか多い生徒が集まって賑やかでした。

あく巻

あく巻を包んで大きな釜にいれて茹で始めるとひと段落です。その間にお昼ご飯の準備で外に出てセリやタケノコを採ってきて味噌汁などをつくります。ご飯は大きなハガマで薪で炊きます。

あく巻が出来るまで時間があるので特別講座がありました。まずはお茶作りです。お茶をつんで釜炒り茶をつくりました。釜の代わりにフランパンで炒ってお茶にします。お茶の作り方は我が家で電子レンジで作ったのをフライパンに変えた感じです。

お茶作り

次は日本ミツバチの話でした。これは興味があります。日本ミツバチは結構、沢山いるらしく簡単に飼うことができるとのことでした。やってみようかな。

そんなこんなしているうちにあく巻が茹で上がったので、一人一本づつ貰って教室が終わりました。
来月は梅干しとらっきょう漬けのお勉強です。我が家でも作っていますが、さて新しい発見がありますでしょうか。楽しみです。

 - 田舎暮らし

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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