霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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横川駅で見つけたタブレット受

   

大隅横川駅

横川駅で面白いものを見つけました。通票受器、タブレット受です。

横川駅は随分と古い駅です。今の駅舎は開設当時のものという事で、嘉例川駅と同じ鹿児島県最古の駅舎です。。開設したのが1903年(明治36年)ということですから・・・110年を超えているんですね。なかなか趣のある駅舎です。

この針金状のものが通票受器、タブレット受です。また信号機、ATCなどの列車運行システムが無かったころ、運転手がタブレットを交換することで列車の衝突を防いでいたのだそうです。言わば列車の通行手形です。
運転手がタブレットをこの通票受器にひっかけていたのでしょうかねぇ。ホームの端のほうに一つだけ残っていました。
さすがに今は使っていないようです。ローカル線では少数ながら未だにタブレット交換をしている駅があるそうです。鉄道ファンには堪らない光景でしょうね。

隼人の風

横川駅を散策している時に「隼人の風」がホームに滑り込んできました。黒い車体でレトロな趣の観光列車です。木造の横川駅とレトロな「隼人の風」が良く似合っていました。一度は乗ってみたいとも思いますが、霧島の麓に住む者にとっては日常的な駅々を巡るのが難点です。旅は非日常が楽しいのですから。「隼人の風」は鹿児島中央駅と肥薩線・吉松駅を1日2往復しています。

大隅横川駅

そう言えば今年は戦後70年の年ですね。ここ横川駅には戦時中にアメリカ軍機から機銃掃射された銃痕が残っています。木造の駅舎が戦禍も免れて今まで残っているのは素晴らしいです。大切に受け継いでいきたいものです。

 - 歴史散策

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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