霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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木を植えるということ

   

木を植えるこの田舎屋を買ってから家の周りに木を植えています。実のなる木を少しずつ植えているのです。この木が実をつけるのは何時の事になるでしょうかねぇ。気長に待つしかありません。

短歌の仲間に木を植えて回っている人がいます。現代人が壊してしまった森を取り戻すために植えているのだそうです。
ドングリを拾って植えるところからしているのだそうですが、まったく気の長い話です。そんな木々が森になるまでには、どのくらいの時間が必要でしょうかねぇ。植えた人間の寿命では間に合わないのでしょうね。森を取り戻そうとしている人たちは、自分の死後の世界を見詰めているのでしょう。

木を植えるということは、そんな事ではないかと思う。

時間の尺度を木にあわせないといけない。私の植えた蜜柑も、すぐに食べることはできません。桃栗三年柿八年などと言いますが、まったくに木の時間と人間の時間は尺度が違いすぎます。

田舎に住んでいると、時間がゆっくりと進んでいるような気分になります。それは、きっと周りに木々たちの時間が溶けだしているのでしょう。裏山の杉の木の幹近くは、時間がゆっくりと進んでいるのかもしれません。木々の時間と人間の時間の界面です。緑の少ない町場では、そんな木々のもつ時間の影響が少ないのでしょう。

これからも、少しづつ木々を植えていこうと思います。1日や2日では全く変化がないですが、数年後には蜜柑の1個でも実をつけてくれることでしょう。高齢者、後期高齢者と呼ばれることには日蔭をつくって安らぎをもたらしてくれるかも知れません。もちろん、それまで生きている保証もないし、植えた木も枯れるかもしれません。しかし、苗木を植えないと何も始まりませんから。

このブログも蜜柑の木の苗のように成長していってくれるといいですね。

 - エッセイ

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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