霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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ぎっくり腰に・・・ その原因と予防をググってみた

   

ぎっくり腰

昨日はぎっくり腰をやらかしてパソコンどころではなかったです。
とほほ・・・。

という事で今日は会社にも行けず、整形外科にギシギシ足で出かけて治療をしてもらいました。

先生曰く、「典型的なぎっくり腰ですな」

先生に腰に注射を打ってもらい、コルセットをはめてもらい、痛み止めを処方してもらいました。注射がきいたのか病院をでるころにはギシギシ足がトボトボ足くらいになっていました。そして、夜にはパソコンの前に座る程度に回復したのです。

今までぎっくり腰で病院に行っても、あまり効果が無かったのです。今回も期待していなかったのですが、思いのほか痛くなくなりました。痛み止めのせいかなぁ。

これを機会にぎっくり腰を少し調べてみました

先生はレントゲンを見ながら骨には異常がないと言っていました。ただ、骨が湾曲していないので周りの筋肉が緊張しているのでしょうと言って、腰に緊張をほぐす注射をしてくれました。

調べてみるとぎっくり腰の大部分(85%という表記もありました)が骨などの異常ではなく、筋肉の硬直が原因なんだそうです。筋肉が硬直して神経を圧迫することで痛くなったりするとか。足がつった時なども激痛ですが、同じような状況が腰に起きたのかもしれませんね。

ただ、腰の骨の異常、よく言われる椎間板ヘルニア、場合によっては内臓系の病気(ガンという事も)の事もあるので、病院には行った方が良いそうです。

ぎっくり腰の原因は?

原因として多いのは疲労の蓄積だそうです。

ぎっくり腰は突然起こるのですが、原因は日常の疲労がたまって起こるという事です。立ちっぱなしだったり、座りっぱなしだったりすると、腰や足に疲労が蓄積されて突然、ぎっくり腰として症状が発現するらしいです。
確かに同じことをしていても、ある日突然ぎっくり腰になります。今回はなんと物を拾おうと前かがみになったときにぎっくり腰になりました。これまで幾度となくしていた動作です。

ぎっくり腰の予防は?

予防としては固くなった筋肉を柔らかくすることが良いとのことでした。固くなっていると延ばす許容が少なくなるのですね。そこで伸ばそうとしたときに悲鳴をあげる。立ちっぱなし・座りっぱなしだと使う筋肉は疲労がたまり、使わない筋肉は固くなっていくということになりそうです。ヤバイです。

日頃からストレッチをしたりして使わない筋肉もほぐしておくと良さそうです。腰と足の関連は大きいようですから、脚の疲れは溜めないようにとありました。

ぎっくり腰になったら動かないでじっとしているよりも、痛くない範囲で動いた方が良いそうです。たとえばつま先あたりから・・・少しづつ。

 - エッセイ

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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