霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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七夕飾りに託す夢 ガキらはみんなヒーローを目指す

   

七夕

今日は七夕ですね。
可愛い七夕飾りが駅に数本飾ってありました。
竹にリボンや短冊が沢山つけて懐かしい気分になりました。
笹飾りなど作ったのはいつの事でしょう。
子供たちと作ったのも遠い昔のことです。

その短冊には○が3つだけの顔のような絵が描いてあったりしました。
だれの顔かなぁ。
そして平仮名で「???レッドになりたい」とか書いてあるのです。
たぶん、ちかくの保育園の子供たちが作ったのでしょうね。
なかには文字だけ先生が書いたような短冊もありました。
大丈夫だよ、君たちはきっとヒーローになれるよ。
そんな風に心のなかで呟きました。

男の子も女の子もヒーローを夢見ているようです。
短冊には沢山のヒーローの名前がありました。
私のしらない名前ですが、何とかレンジャーとかはきっとヒーローなのでしょう。
私も夢を見ていました。
ウルトラマンは無理だけど、科学特捜隊の隊員にはなれるかもしれないと。

科学特捜隊の夢はどっかに置き忘れたみたいですが、夢は持ち続けていたいですね。
夢のない人生はつまらないでしょう。
なにより夢をもっていないと夢は叶いませんから。

 - エッセイ

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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