霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

*

第30回国民文化祭が鹿児島で開催 短歌では3つのイベントが開催予定

   

文化際

今年は国民文化祭が鹿児島で開催されます。総合フェスティバルに加え、各自治体でも色々なイベントが予定されているようです。
私としては短歌や歴史関連のイベントに興味があります。できれば参加したいですね。

国民文化祭は10月31日から11月15日の開催ですが、短歌など作品募集をするイベントはすでに募集が始まっているものもあるので、少し早いですが紹介いたします。

全国まごころ短歌大会(薩摩川内市)

薩摩川内市が中心となって行うイベントです。
薩摩川内市では例年、「まごころ青春短歌大会」が開催され中高校生から多くの応募がありますが、今年は国民文化祭ということで「青春」がとれて一般から広く短歌作品の募集を行います。
募集期間はすでに終わっていますが大会では記念公演もあります。

・短歌大会、記念講演
日時 平成27年11月3日(火曜日、祝日) 10:00~16:00
場所 薩摩川内市国際交流センター

内容
 記念講演
  対談「若者の歌・老いの歌」
   小島ゆかり氏、伊藤 一彦氏
 表彰式、講評

※作品募集は終了しています。

・文芸散策
日時 平成27年11月3日(月) 12:00~16:45

内容
 薩摩川内市にゆかりのある与謝野鉄幹などの足跡、史跡を巡ります

※募集は終了しています。

問い合せ先
 第30回国民文化祭薩摩川内市実行委員会
 0996-23-5111

海を詠う南さつま短歌コンクール募集要項(南さつま市)

南さつま市では鑑真大和上に関わるイベントと短歌大会が行われます。

・短歌募集
受付  一般の部 8月31日締切
    未発表作品 2首まで
応募料 1,000円

・短歌大会
日時 平成27年11月15日(日) 13:00~15:00
場所 南さつま市総合保健福祉センターふれあいかせだ
内容 表彰および講演

問い合せ先
 第30回国民文化祭南さつま市実行委員会事務局
 0993-53-2111

最南端佐多岬旅の文学フェスティバル(大隅町)

大隅町では滞在型の文学イベントを開催予定です。佐多岬を訪れたことばある方を対象に紀行文、短歌、俳句を幅広く募集しています。参加者は佐多岬を中心とした文学ゆかりの地を散策し交流します。

・短歌募集 
受付  8月31日締切
    未発表作品 1首まで
応募料 無料

※平成27年11月6日(金)~8日(日)まで原則として2泊3日で参加できる方

問い合せ先
 第30回国民文化祭南大隅町実行委員会事務局
 0994-24-3164

今年は国民文化祭ということで歌人の来鹿も多いようです。文化祭以外でも結社の大会などで中央歌人の講演などもあるようです。いろいろと楽しみな1年になりそうです。

 - 短歌

adsense

adsense

最近のコメント

このブログでは記事ごとのコメントは設けておりません。
ご意見、ご感想などは、ゲストブックに書き込んでくださると有り難いです。


  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

  •   関連記事