霧島の麓にて

霧島の麓から田舎暮らしの日々をつづります・・・山登り、短歌、そしてパソコンな日々

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今年最初の俳句吟行は霧島神宮

   

霧島神宮今日は俳句の吟行でした。今年初めての俳句の会です。

向かったのは1月ということもあり霧島神宮。もう1月も25日、とっくに松も明けて正月気分も無いものかと思ったのですが、霧島神宮は相変わらずの人出でした。

松明けてやうやく詣でる霧島宮(谺)

本殿にお参りして、遅めの初詣です。いつ来ても清々しさを感じます。参道に献酒をされた焼酎メーカーの銘柄ラベルのパネルがありました。春の光に銘柄が照らされています。俳句仲間も俳句ノートの手を休めて、しばらく焼酎談義。それぞれにお気に入りの焼酎があるようです。

高千穂峰霧島神宮を離れて高千穂牧場に。ここではお約束のソフトクリームを頂きます。広場には今年の干支の羊がゆっくりと草を食んでいます。ここの時間もゆっくりと進んでいるようです。
ここからは霧島連山が一望できます。先の霧島神宮のご祭神である瓊瓊杵尊が降臨されたという高千穂峰が目の前に迫ってきます。おりしも一叢の雲が頂上に引っかかったように止まっていました。

春の雲高千穂峰に寄り添いて(谺)

句会は「がまごう庵」でそばを食しながらです。こちらのオーナーは中々ユニークで田舎生活を実践しているとのこと。そばも自分で育てて石臼で製粉するというこだわりようです。なかなかの人気で3時過ぎに帰るころも、まだお客様が途切れない様子でした。

今年の初句座は7人で正月にふさわしい吟行でした。さてさて、今年は面白い俳句の一つ二つ出来るでしょうか。私は食事の方が楽しみな不真面目メンバーですが。

 - 俳句

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  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/30])

    永野さん、返事ありがとうございます。
    お会いできる日を楽しみにしております。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/30])

    おはようございます。パソコンに短歌に史跡巡りに山登りに米作りにバーベキューなどなどにとお忙しい毎日を楽しんでおられるようです。
    今度そちらにお伺いするときは連絡差し上げてみたいと思います。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/28])

    なるほど、興味深いですね。
    史跡めぐりは好きですがテーマがあると面白くなりますよね。

    私の興味は今のところ古代です。
    国分は古代と先端技術がが同居している面白い場所です。
    私は日向市の生まれでれ宮崎市で暫く仕事して今は国分に住んでいます。。ここに来た時に宮崎神話と思っていた海幸彦山幸彦の主人公の御陵が近くにあったのが興味を持ち始めた発端です。

    永野さんおブログを拝見しました。国分方面にも良く来られているのですね。こんど来られるときはご連絡ください。時間があえばお会いしたいものです。

  • ゲストブックへのコメント (永野より[05/28])

     ご返事ありがとうございます。800年前の話、やはり無理ですね。
    俊寛が実際にこれらのルートを通って流されたかどうかは事実ではないのではと思いますが、長門本を書いた作者(複数かも)は本に出てくる地名を知っていたと思われますし、この本が書かれた当時はこのルートが一般的によく知られていたものと思われます。
     俊寛らが出港した港はまずは隼人のAZの近くの港から、鹿児島に立ち寄り最終的には坊津からのようです。このことについては「広報きりしま」(何号かはメモしてなくて不明ですが最近です)の20ページに詳しい記載があります。
     私のブログ「宮崎(都城)からの便り」の中の史跡巡りまたはぶらり旅の欄にもコチョコチョと書いています。参考になれば・・・。

  • ゲストブックへのコメント (yamaboushiより[05/26])

    あの足摺の俊寛ですか。俊寛が我が家のちかくを通っていたとは感慨深いものがあります。
    残念なが止上から財部への古道は判りません。今では国分と財部を結ぶ県道2号線が近いと思います。
    気色の森も近くにあります。

    俊寛が流刑地に向かって出港したという石碑が鹿児島市の天文館にあるそうなので、国分から加治木を通って白銀坂を登ったのでしょうか。
    私も機会があったら薩摩街道などを訪ね歩きたいと思います。

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